イラストのブログのまとめ

イラストの描き方で人物を初心者が描く

イラストの描き方は人物から
イラスト人物

会社を辞めて絵描きになった訳

イラストの描き方ブログ

さて、
今日は絵描きの話し。
何故に一旦サラリーマンを辞めて絵描きを始めたか?
長くなりそう!
先ずは、
子供の頃から中学や高校の頃まで図工や美術が好きでした。
しかし、絵の才能がある訳でもなく他の教科に比べて好きなだけ。
大人になってからは全く絵描きとは無縁の生活。
IT仕事でほぼ毎日残業漬け。
休日出勤もありで月の残業時間が100時間を超えることもしばしば。
違法になるので半分以上の時間はサービス残業。
それが違法じゃ!泣
今じゃ考えられない。
当然ですが、
絵を描く時間や遊ぶ時間はありませんでした。
毎日残業で帰宅時間が遅くなり疲れていましたが、必ずやることがありました。
それは、
子供の学校との連絡帳を見ること。
小学校の担任の先生との連絡帳があり、毎日先生のコメントを読み親のコメントを書いていました。
カレンダーみたいに1か月の日付があり、日付毎に先生の欄と親の蘭がありました。
毎日何かしらのコメントを一二行書いていました。
が、しかし!
ある時疲れて全く文章が浮かんで来なくなりました。
何を書いたらよいか毎日悩む。
毎日同じ文でもなあ。
そんなある時、何故か絵を描いたのです。
絵というか簡単なイラスト。
お花が笑っている絵や仮面ライダーなどなど。
リアクションがわかるように少しだけ工夫しました。
疲れている時は文章よりもイラストが楽でした。
多分、子供の頃にさんざんノートに落書きしていたからその時の名残りみたいな感じです。
とにかく文章より直ぐに描けました。
こりゃ便利だと。
そう!
今でいうところのLINEのスタンプです。
使い方が似てます。
しかし、
担任の先生に対して失礼かもと思い。
ある時担任の若い男性教師殿へ、帰りが遅い旨や事情を書いてイラストをご容赦いただきました。
そしたら!
その担任の先生もイラストを描いてくださるようになったのです。
とても上手でした。
いつのまにか毎日イラスト交換合戦になりました。笑
そのうち、我が家の連絡帳がクラスの子供達も見るようになり毎日楽しみと言われるようになりました。
こちらも、
仕事で疲れていても担任の先生のイラストを見るのが楽しみでした。
そんな日々。
だんだんと人生が狂い始めました。
よーし!
もっとちゃんとした絵が描きたい。
、、、。
つづく。

 


前回のつづき、
ある時文章が書けなくなりイラストを描いてしまいました。
文章は短くても長くても相手がどう受け取るか心配で悩みます。
そんな時イラストは便利でした。
さて、昨日のつづき。
子供の小学校の先生にイラストを褒められたり、クラスで評判になったりで絵描き心に火がつきました。
いわゆる、調子にのりました。
ここから、人生がおかしな方向へ向かいます。
普通のIT企業サラリーマン。
毎日残業漬け。
金融系の基幹システム。
止まれば世の中が騒ぐほどの大問題になる巨大なシステム。
次から次へと沸いてくる膨大な案件。
システムが安定稼働するためには日々大変な作業があります。
毎日緊張。
クライアントからの叱責や罵倒。
朝から夜中まで仕事。
夜勤も。
ストレスだらけで疲弊。
そんな時、イラストを描いて子供の担任の先生に褒められたのです。
職場では、毎日クライアントに頭を下げて叱られているだけのつまらない男。
それが、褒められたとなりゃ人生変わります。
よーし!
絵を本格的に勉強してみたい。
ちゃんと基礎から習ってみたい。
日々のサラリーマン生活のストレスから解放されたい。
なんとかしたい。
そう思いながらも月日はどんどん過ぎて行きました。
なかなか一歩が踏み出せない。
そんなある時、
ついにある行動に、、、。
つづく。

昨日のつづき、
ちゃんと絵を描きたい。
基礎から勉強したい。
しかし、時間ばかり過ぎていきなかなか行動に移せない。
ある時、
新聞の小さな広告に目が止まりました。
それは似顔絵!
似顔絵の通信講座の広告です。
しかし、仕事が忙しく通信で習う時間が割けるのか心配でした。
いろいろ考えた結果、受講料金もあまり高くないしダメもとで始めてみようと。
申し込みしたら直ぐに教材が届きました。
テキストやペンやインクや絵の具などが入っておりました。
テキストをめくってみたら、わかりやすくて直ぐにやる気になりました。
ステップが分かれていて、自分が描いた絵を送り先生に添削して貰うシステムです。
ステップ毎に合格💮を貰い、全てクリアしたら終了し似顔絵師の認定書が貰えます。
ペース配分は自分なりにできました。
平日は忙しくて出来なかったですが、休日には夢中になり描きました。
最初は全く描けませんでしたが、、。
テキストの通り何度描いても全く似てません。
どうしたら似せて描けるのか?
不思議でなりません!
最初のステップはなんとかクリアしましたが、全く似てないので似顔絵ではありませんでした。笑
どうしたら似せて描けるのか?
悩みまくり!
何度も何度もテキストを見て練習しました。
そんなある時、
モデルの写真に妙に似て描くことが出来ました。
ひょっとして!
大きな気づきがありました!
それは、、、うーん。
つづく。

 


前回のつづき、
似顔絵の通信講座を始めたが全く似てない。
似せて描けない。
そんなある時、気づきがありました。
何度描いても似てない焦り。
どうしたら似せて描けるのか?
悩みながら、
ズルをしました。笑
テキストのモデルの写真ではなく、
テキストの先生が描いた似顔絵を模写しました。
そりゃ、少し似てますよ。
少し安心。
それから何度も模写しているうちに、
写真をみてどう描くのか自分なりに工夫できるようになりました。
再度、写真をみて描いているうちに気づきました。
それは!
似顔絵は絵心や芸術性ではなく製図だ。
と!
誰でも訓練すれば描ける!
①写真を見て輪郭をそのまま写すように描く。
②耳目鼻口の位置と大きさを鉛筆や定規で測りほぼ正確に描く。
絵心など関係なくただ写し取る。
ひたすらこれをやりました。
確かに似てきました。
しかし、似顔絵としての面白みがないです。
そこは、テキストがちゃんと教えてくれております。
それは!
何か?
明日につづく。

 


昨日のつづき、
似顔絵の通信講座を始めたが全く似てない。
似せて描けない。
悩みながらも続けているうちに気づきがありました。 
それは!
似顔絵は絵心や芸術性ではなく製図だ。
と!
誰でも訓練すれば描ける!
①写真を見て輪郭をそのまま写すように描く。
②耳目鼻口の位置と大きさを鉛筆や定規で測りほぼ正確に描く。
絵心など関係なくただ写し取る。
ひたすらこれをやりました。
確かに似てきました。
しかし、似顔絵としての面白みがないです。
そこは、テキストがちゃんと教えてくれております。
それは!
何か?
似顔絵は少し大げさにデフォルメしないと面白くないです。
描く対象の人の特徴を大げさに表現する!
です。
例えば、鼻がデカい人は鼻をひとまわりデカく描く、目が離れている人は更に離して描くなど。
特徴を捉えるには第一印象が重要です。
僕の場合、
最初にあまり見すぎると第一印象が薄れてしまうので、一旦第一印象の特徴をインプットしてから、じっくりと見て描くようにしています。
しかし、制作後は対象本人が気にしてしまうのでフォローが必要です。
と、いろんな気づきがあり、なんとか各ステップをクリアしていきました。
最終ステップにはだいぶ描けるようになり、合格判定💯を貰い終了できました。
自分のペースで取り組み半年から約一年近くかかりました。
その後、似てない似顔絵家と称しブログにもアップしたりして、モチベーションを高めていきました。
その後、
月日は流れ遂にある決断をすることに。
それは!
つづく。

 


昨日のつづき、
似顔絵講座を終了し卒業。
その後、似てない似顔絵作家と称しブログにもアップしたりして、モチベーションを高めていきました。
月日は流れ、
遂にある決断をすることに。
休暇には似顔絵を描いたり自動車の絵を描いたりしていましたが、何か物足りなく感じるようになりました。
平日は毎日残業漬け。
繁忙極まりない金融系のシステム。
毎日のように繰り返す叱責や罵倒。
疲弊。
激しいストレス。
休日に絵を描いたり自転車にのるのが唯一の心の救いでした。
いつかちゃんとした絵描きになりたい!
日に日にこの絵描きの想いは強くなりました。
かなり悩みましたが、
ある年の秋に遂に決断しました。
長い間勤めた会社を辞めることにしました。
いろいろ葛藤は当然ありました。
やはり、今後の生活の不安が一番大きいです。
住宅ローンや子供の学費やらまだまだお金が必要ですし残業しても足りないくらいでした。
しかし、決断しました。
その年の9月末で会社を辞めました。
そこから手漕ぎボートでの果てしない航海が始まるのです。
つづく。

 


昨日のつづき、
遂に長い間勤めた会社を辞めました。
いろんな葛藤や不安はありましたが、
新しいことにチャレンジする情熱のほうが勝っていました。
それと、全ての時間を支配できる自由への憧れ。
先ずは、絵描きをちゃんとビジネス化して食える絵描きになりたいと思いました。
"アート=食えない"
という
世の中の定説を崩したい。
そして、
会社を辞めた翌々月から市のインキュベーションセンターのフリーアドレスデスクを借りて、個人事業STUDIO・LONG1を開業しました。
しばらくはアートビジネスの研究というか模索です。
インキュベーションセンターに事業企画や計画は出しましたが、所詮はサラリーマン上がりで何もわからない。
半年くらいは研修やイベント等に参加していろいろ勉強させていただきました。
人生で一番楽しくとても充実した時間を過ごしました。
充実しすぎて幸せすぎて逆に不安もよぎりましたが。
その後〜、更に充実した時間を過ごすことになります。
つづく。

前回のつづき、
その後〜、更に充実した時間を過ごすことになります。
とは!
会社を9月末に辞め、インキュベーションセンターで研修やイベントなどに参加しいろいろ勉強をさせていただきました。
とても楽しすぎて逆に不安にもなりました。
楽しい時間はあっという間にに過ぎるもので、会社を辞めてから約半年が経ち春が来ました。
さて、いよいよ次の行動開始です。
若い頃からずーっと心の奥にしまっていた夢!
念願の美術学校へ行きたい!
セツ・モードセミナーの美術科
入学しました。
若い頃は、直ぐに定員になりなかなか入れない学校でした。
遂に、ファッションイラストの草分け長沢節先生の開いた学校に通うのです。
もう、嬉しくてたまりません。
夢は諦めなければ叶うと、この時に実感しました。
長沢節先生は1999年に他界しておりますが、
自由な精神や美術の方向性は変わっておりません。
素晴らしい先生方が、自由なアート精神をちゃんと継承されておりました。
入学式はこじんまりとしておりましたが、とても素敵でした。
何よりもセツ(学校)の校舎がとても素敵なアトリエなのです。
また、校長先生の長沢秀さんの話しが心にしみました。
全てが素敵で、自分がセツに居る幸せを噛み締めたのを今でもはっきりと覚えております。
 さあ、いよいよ待ちに待った授業が始まります。
つづく。

 


前回のつづき、
セツ・モードセミナー 美術科
入学しました。
※現在は閉校しております。
 さあ、いよいよ待ちに待った授業が始まります。
昼間部の授業は14時〜17時の週3日で2年制です。
更にその上に研究科もありました。
最初の授業のコスチュームデッサンは、とにかくドキドキ緊張してめちゃくちゃな出来でした。
細身の素敵なモデルさんを間近で見て大胆なポーズに圧倒されました。
モデルさんのポーズは1ポーズ10分です。 
17時まで何度もポーズを変え、モデルさんにも生徒にもかなりハードな授業です。
モデルさんの周りをぐるぐる回り描きたい場所に立ちデッサンします。
授業開始前に画用紙を沢山買い、鉛筆やペンで何枚も何枚も描きます。
初めはとにかく必死でとても足が疲れたのを覚えています。
モデルさんのポーズを数カット描き休憩があります。
また、15時15分頃になると鐘🔔がなり、30分のコーヒーブレイクです。
下の階からなんとも言えないコーヒーの良い香りが漂ってくるのです。
アシスタントの方がいつも美味しいコーヒーを入れてくださり一杯100円で飲めました。
美味しいコーヒーを飲みながら、中庭で皆と絵について語る時間は最高に楽しい時間です。
サラリーマンでは味わったことのない休憩時間の過ごし方です。
もちろん、僕より若い世代が多数。
同じくらいの年齢の方や上の方もいらっしゃいました。
そのような皆様と同じ環境で過ごし、感じた事があります。
つづく。

前回のつづき
絵を習いに来た皆様と同じ環境で過ごし、感じた事があります。
それは!
"同じ心型"
すこし深いですね。
皆様が自分の様な人ばかり。
何かに対する情熱は深く他人に入り込まない距離感。
表現が難しいですが同じ心の持ち主。
それまでの学生時代や社会人生活ではあまり経験できない居心地の良さを感じました。
会社員時代はそこまで入ってくるか!
みたいなことがあり過ぎました。
疲弊しまくり。
会社カラーに染まり皆様同じに見える。
休憩時間は野球かパチンコなどギャンブル談義。
まあ、それも楽しいですが。
どこか居心地の悪さを感じていました。
セツ(学校)に集まって来る人達は、情熱的でどこかシャイで個性が強く他人との微妙な距離感を保ち、常に生きるための表現を考えていました。
10代から70代まで同じような人達。
しかし、側からみたら僕も含めて変わり者。
そんな環境で、
とても居心地が良く楽しい日々が続きます。
さあ、いよいよ、それまでの人生では経験したことの無い経験をします。
多分、普通に生活していたら無い経験です。
それは!
つづく。

 


前回のつづき
それまでの人生では経験したことの無い経験とは?
毎日の授業はとても楽しく充実しております。
また、同級生や先輩方の制作や作品を見るのはとても刺激になります。
日々の授業が進んでいき、遂に大緊張する授業の日がやってきました。
それは!
裸体デッサン いわゆる ヌードデッサン!
いやードキドキですよ。
今までそんな経験は全くありません。
他人の裸を見て描くなんてあり得ないです。
最初の裸体デッサンは女性のモデル。
モデルさんが中央に全裸で立ちポーズをとります。
もう、緊張しまくりでどこを見て良いのかわかりません。
身体がガチガチになり全く描けません。
汗。
しばらく、落ち着きません。
だんだんと静けさの中に鉛筆の音だけが聞こえてきました。
その神聖な雰囲気で、
興味本意な変な気持ちは消えていき、とても真剣な気持ちになったのを覚えております。
また、人間の身体の不思議さや裸体デッサンの難しさを経験しました。
裸体デッサンはコスチュームデッサンに比べて、何倍もエネルギーを消耗し終わるとかなりの疲労感でした。
とてもとても良い勉強になり絵に対する考えも大きく変わっていきます。
そんな中、
更に絵に対する考えが大きく変わります。
どの様に変わったかというと、
つづく。

 


前回のつづき
授業が進んでいくにつれ絵に対する考え方が大きく変わっていきました。
どの様に変わったかというと、
今まで絵というのは見た通りに写実的に描くものと思っておりました。
しかし、節先生から引き継がれてきている教えの中に
"見た通りの絵なら面白くないそれなら写真でよい"
とあります。
自由と自分の個性の表現。
なるほど、確かにそうです。
この人が描いた絵をまた観たい!
と、思っていただけたら良い絵と思います。
水彩画の授業。
アトリエに木洩れ陽が差し込み、
窓際の新緑が揺れ爽やかな風が流れ込みます。
モデルさんを見ながらいろいろ考えて絵の具を染み込ませていく。
なんとも贅沢で幸せな時間でしょう。
毎回の授業が楽しくてとても充実しておりました。
水彩画の授業では、最後に学生達一人一人の評価があり、その後に先生の評価と判定があります。
先生から「Aです!」
と言われると皆からの盛大な拍手。
*A以外の判定はありません。
Aが貰えた作品は額装しロビーに展示して貰えます。
暫くの間皆様に見てもらえるのでとても嬉しいし、モチベーションアップにもなります。
しかし、なかなかA判定は貰えませんでした。
3ヶ月経っても貰えませんでした。
だいたい最低でも同級生の皆さんは3ヶ月に一作品はA判定が貰えていました。
何回も貰える人もおります。
制限はなく良い作品はA判定が貰えます。
僕は何故Aが貰えないのだろう!
悩みました。
つづく。

前回のつづき
水彩画の授業で作品の評価と判定。
僕は何故Aが貰えないのだろう!
悩みました。
やはり、絵を描くには見た通りという考えがどこかに残っております。
見た通りの形や見た通りの色。
A判定作品を見ると皆さん独特な表現です。
色使いも自由です。
あー!
これがセツ(学校)の教えか!
再認識しました。
わかったふりしても、なかなか自由に表現できないものです。
大人の固定観念が邪魔なのです。
ピカソの名言!
下記の言葉が沁みました。
"子供は誰でも芸術家だ 問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ"
"私は対象を見えるようにではなく 私が思ったように描くのだ"
なるほどと、やっとわかってきました。
しかし!
空は青い雲は白いなど、
固定観念を振り払い自由に描くのはかなり難しいものです。
なかなかA判定が貰えません。
ある時、全ての固定観念を取り払うため色に対する考え方を少し変えてみました。
それは、
少し卑怯かも知れませんが苦肉の策でした。
つづく。

 


前回のつづき
水彩画の授業。
なかなかA判定が貰えません。
少し卑怯かも知れませんが苦肉の策を投じました。
その日、絵の具箱から取り出した絵の具の色は白と黒だけ。
色がありすぎると大人の固定観念が邪魔をします。
モデルさんを見てるふりでほぼ空想にふける。
表現イメージは水彩画なのに白黒。
なんか子供の頃に戻ったような感じで白絵の具と黒絵の具を混ぜていく。
 
イメージを膨らませ、そのまま画用紙に混ぜた絵の具を筆で染み込ませます。
もちろん下描きはしません。
なんかとても自由を感じました。
会社を辞めて
「明日から会社行かなくて良いんだ」
と思った時と少し似た感情。
決まりなどないんだ!
とにかく自由で良いんだ!
大人になると社会の決まりもあるし、自分で自分に課す決まりも増えます。
知らないうちに固定観念だらけ。
こうじゃなきゃいけない!
正当化する。
理論武装などもっての外。
長いサラリーマン生活で染み付いた固定観念を取り除くことは至難の業です。
一旦は少し卑怯な方法ですが、なんとか描き終えました。
いよいよ、評価判定の時間。
白黒基調なので確かに皆さんの作品と並べると目立ちました。
しかし、自分では苦肉の策なので全くダメな絵にしか見えません。
なんか暗くダークなイメージ。
明るく華やかな水彩画ではありません。
今日もダメだなと思いました。
ところが!
先生は
「面白い!Aです」
と言ってくれたのです。
やっとAが貰えたのです。
とにかく、嬉しかったです。
登校し、暫くロビーに飾ってある自分の作品を観るのはとても良い気分でした。
つづく。

前回のつづき
水彩画の授業。
やっとAが貰えたのです。
とにかく、嬉しかったです。
それからも試行錯誤しながら取り組みました。
人物画のモデルも経験しました。
とても充実した美術学生生活。
*主なカリキュラム
コスチュームデッサン
裸体デッサン
石膏デッサン
水彩画
セツ先生の作品模写
机上理論ではなく、描いて描いて描きまくり他の人の作品を徹底的に見て他の人の評価を聞く。
これが、セツ(学校)の学びのスタイルです。
この学びのスタイルはとても良いと思います。
スポーツとも似てます。
上達するには、練習を重ねていき気づきを得て工夫することが大切かと思います。
そして更に練習を積んでいく。
これしか無いと思います。
何事も上達法に近道などないと思います。
このようなことを学べたことは、人生に於いてとても大きな収穫です。
セツ・モードセミナーで学んで本当に良かったと思います。
とにかく毎日が充実しておりました。
しかし、
人生、楽しい時間は長く続かないのです。
つづく。

 


前回のつづき。
人生、楽しい時間は長く続かないのです。
美術を習うのはとても楽しく日々とても充実しておりました。
しかし、
学生生活も半年が過ぎ、
心配事が大きくなっていきました。
預金残高を見るとあと半年くらいの生活費しか残っていませんでした。
どうしましょう。
夢から覚めつつ現実の厳しさを知ります。  
個人事業の稼ぎもなくお金は出ていくばかり。
事業経費は当然すべて持ち出し。
有料広告に高いお金を払ってしまったり。
生活面では、住宅ローン、食費、光熱費、国民年金、健康保険、各種税金や子供と自分の学費の支払いなどなど。
支払いばかり。
収入がないのに毎月数十万円が消えていきます。
近いうちに枯渇するのはわかりきっています。
事業は全く軌道に乗りません。
不安を通り越し恐怖心でいっぱいになりました。
このままでは、楽しい学生生活も無くなってしまう。
何のためにサラリーマンを辞めたのか意味がなくなる。
悩みました。
預金残高は毎月大きく減ります。
そして、
ついに、苦肉の策にでました。
つづく。

前回のつづき。
収入が無く枯渇寸前。
ついに、苦肉の策にでました。
仕事探し!
履歴書を書き就活を始めました。
人材エージェント媒体にも登録しました。
先ずは、美術学生を続けながらできる仕事を探しました。
しかし、
50過ぎた男にアルバイトすら見つかりません。
面接まで漕ぎ着けても受かりません。
当たり前ですよね。
わかりきってはいましたが。
やはり、自営業で稼ぐしかないです。
しかし、自営業の絵描き教室は軌道に乗りそうも無いし、乗ったところで生活できるかどうか。
読みが完全に甘い。
やはり、一旦は他で収入を得るしか方法はありません。
なんとかしなくては。
美術学生生活はなんとしても続けたい。
二年間ちゃんと習い卒業したい。
しかし、預金残高は減り続けます。
このままでは生活できない。
全てが中途半端で終わってしまう。
焦るばかり。
悩みます。
時間はどんどん流れていきます。
セツ(美術学校)の授業はとても充実しておりましたが、やはり常に生活の不安がよぎります。
就活は相変わらず落ちまくり。
自営業はうんともすんとも言わず、気力が薄れていくばかり。
気がつけば、学生生活が約一年経ち進級のカリキュラムで慌ただしくなりました。
就活に時間は割けません。
しかし、
我が家にはもうお金がありません。
住宅ローンや子供の学費やらなにやらで毎月かなりのお金が必要です。
もう不安と恐怖しかありません。
そんなある時一通の封筒が届きました。
正直、驚きました。
つづく。

 


前回のつづき。
お金がほとんど無くなり、
もう不安と恐怖しかありません。
そんなある時一通の封筒が届きました。
正直、驚きました。
封筒は、以前勤めていた会社で加入していた企業年金基金からでした。
開けてみるとなんと!
企業年金制度が廃止になるので、それまで積み立てた金額を受け取れる選択肢があるというのです。
いやーびっくりです。
まさに、棚からぼた餅。
ある程度まとまった金額。
長い間加入していたので切り詰めれば暫くは生活できそうです。
少し気持ちが楽になりました。
学業に集中できます。
学業は、展覧会に出品の審査や進級に向けての制作などがありとても忙しくなりました。
やはり、絵は気持ちに余裕がないと描けません。
この時はっきりと美術に対する心の持ちようがわかったような気がします。
美術は人間の心の表現なんだと。
ただ写すなら機械で足ります。
慌ただしくも美術学生生活は順調に進みました。
展覧会へ出品の審査は落ちましたが、
無事二年生に進級しました。
美術を学べる幸せを噛み締める日々。
しかし、束の間の安らぎでした。
つづく。

前回のつづき。
まとまったお金はとても助かりましたが、出費が多く直ぐに無くなりました。
やはり、稼がねば。
焦りまくる。
美術学校はあと一年あります。
学業をメインに再度就活開始しました。
応募は先の就活から延べ約200社を超えました。
もう受かる気がしません。
当たり前ですが、50過ぎのおやじに学校行きながら働ける仕事なんてある訳がない。
二年生になり、授業は火木土曜日に変わりました。
なんとか合間に仕事をしてお金を稼がねば全てが終わってしまいます。
そんなある時、人材エージェント会社からメールが来ました。
とある会社の書類選考が通り面接選考の案内。
信じられない。
なんか怪しい会社だろう。
疑心暗鬼。
しかし、もう後がないので選んでいる場合ではありません。
面接へ行くしかない。
つづく。

 


前回のつづき。
都内にあるIT企業の書類選考が通り一次面接を受けることになりました。
長い間金融系システムに携わり、正直言えばこの世界へは二度と戻りたくありませんでした。
しかし、自営業はうまくいかずやりたい仕事への応募は落選続きで背に腹はかえられません。
珍しく面接へ進んだのだから受けるしかないです。
一次面接。
なんと!
若い面接官。
少し安心したが、なんか怪しい。
根掘り葉掘り聞かれる。
ダメ元なので緊張もせずに淡々と答えて終わりました。
面接官は話してみたらとても良い青年でした。
最初とだいぶ印象が変わりました。
その後、
約一週間後にエージェントから連絡が来ました。
なんと二次面接の案内でした。
信じられない。
この歳で一次面接通過。
更に疑心暗鬼。
大丈夫かな。
さて、そんな状況下での学業は?
学校生活は皆のレベルが上がり、更に素晴らしい作品が見れてとても勉強になりました。
しかし、その分皆についていくのに必死です。
描いて描いて描きまくるしかない。
とても充実しておりました。
はたして仕事と両立できるのかな。
悩みます。
暫くして二次面接。
とても人の良さそうな部長さんが面接官でした。
一通り聞かれて、
今日結果を出すので少し待っていてくれと言われました。
いやー久しぶりに緊張しました。
暫くして部長さんが戻り結果が伝えられました。
結果は!
「合格」
しかし、入社時期は未定。
それって何?
つづく。

 


前回のつづき。
応募企業の二次面接合格。
しかし、入社時期は未定との話し。
それは?
採用はするがプロジェクトに配属が決まってから契約社員として契約するとのことでした。
何?
要するにIT業界あるあるのSES(システムエンジニアリングサービス)
決められた期間だけお客様へ技術を提供し、その期間のフィーをいただく派遣みたいな仕事の仕方。
SES会社は人材を確保しお客先と契約し、入場させてフィーを貰いエンジニア一人あたり?0%搾取します。
SES会社に技術力がなくてもエンジニアさえ集めることができれば儲かります。
まあ、IT業界の人材派遣です。
指揮命令下が違うだけですかね。
ということなので、
SES会社の面接で合格してもお客先が決まらなければ給料は貰えないのです。
やはり、50過ぎの男が受かる会社なんてそんなもんです。
どこか怪しいのです。
でも、お金がありません。
やるしかないです。
暫くして、そのSES会社から連絡がありお客先プロジェクトの面接を受けることになりました。
これが受かれば、正式に契約社員として入社になります。
いよいよ大手企業の情報システム部門の面接です。
つづく。

 


前回のつづき。
いよいよお客先の面接です。
やっと見つかったプロジェクト。
これが受かればSES会社に契約社員として入社になります。
しかし、また金融系システムのエンジニアは気が進みません。
何しろ嫌な思い出ばかり。
気難しい雰囲気の管理者の方が面接官でした。
根掘り葉掘り聞かれましたが、あまり緊張もせずに終了しました。
この時、本気で嫌な気持ちになったのを今でもはっきりと覚えております。
僕は絵の道に進んだのに。
たかが一年と少しで元のサラリーマンに戻ってしまう。
何をやってんだろう!
学生生活は二年目の春。
卒業までまだ一年ある。
学校も中途半端に終わってしまうのか。
情け無い。
いろいろ悩みながら帰路につきました。
暫くしてSES会社から連絡があり、先日のお客先面接が通り正式に入社の契約を進めたいとのこと。
決まったのは良いが複雑な心境です。
しかし、やるしかありません。
お金がないのですから。
先ずはお金を稼がねば生きていけません。
でもでも、
プロジェクトに入場したら学校へ行けなくなります。
大好きな美術学校セツモードセミナーへ行けない。
絵をもっともっと勉強したい。
切磋琢磨し極めていきたい。
素敵な学生達と過ごしたい。
深く悩みます。
つづく。

前回のつづき。
仕事復帰したら、せっかく入学した美術学校へ行けなくなります。
配属プロジェクトでの担当は、システム移行案件の要件定義書などの執筆でした。
金融系システムの移行要件定義なんてよくわかりませんが、チーム仕事でしたから分担して取り掛かりました。
学校は?
最初のうちは、平日の火曜日と木曜日の授業を休み仕事をメインにし土曜日だけ登校しました。
大好きな授業に出れないのは、とても悔しくて残念でなりません。
なんとかしなくては、、。
少し授業についていけなくなりましたが、暫くすると学校は夏休みに入りました。
しかし、夏休み課題の制作があります。
仕事との両立は厳しいです。
平日は仕事をし、休日はほぼ制作に打ち込みました。
毎日大変でしたが、なんとか夏休み課題を仕上げ提出することができました。
仕事も職場の皆様がとても理解のある方々でしたから、その後大事な授業の日は半日休みを貰い授業に出る事ができました。
学校には夜間部もあり転部も考えましたが、昼間部で行けところまで行ってみようとなんとか粘りました。
暫くすると、最初に就いたプロジェクトは終了し、次のプロジェクトに配属になりました。
それからなんと!
契約社員入社から半年経ち有給休暇が貰えました。
これで、休んでも減額せずに給料が貰える。
次のプロジェクトは、とにかく皆さん良く休むので休みが取りやすい職場でした。
それに、自社への帰社日も使えたので都合良く利用し学校に向かいました。
契約社員でいつクビになるかわかりませんが、
学校をメインに考えていたので、仕事は申し訳ないですがテキトーにこなしてました。
半休やら帰社日を使い、平日の出たい授業には出席することができたのです。
正直言って仕事は開き直りです。
とにかく休みまくりました。
なんか、運がよいのか融通がききました。
おまけに毎月給料が入る事により、精神的にだいぶ楽になり絵の制作にも集中できました。
少し良い方向へ向かいはじめました。
こんな感じで美術学生とシステムエンジニアの両立ができていました。
しかし、仕事で学校に行けない日は学校への思いが強くなりとても切ないです。
とにかく学校に行きたい。
毎日でもセツモードセミナーへ行きたい。
そんな魅力のある学校でした。
どんな魅力か?
僕が感じた魅力とは?
つづく。

 


前回のつづき。
毎日行きたい そこに居たい!
そんな魅力のある学校。
セツモードセミナーとは。
すみません、
沿革はネットで見ていだけたらと思います。
現在は閉校しております。
僕が感じた魅力とは!
先ずセツモードセミナーという美術学校を知ったのは約40年くらい前になります。
雑誌で長沢節先生のイラストを見たのが最初です。
細身の女性のイラスト。
とてもシンプルな線で人間の身体のくねりというか湾曲の表現がとても素晴らしいと思いました。
人間は身近でいつも見ているのに身体のくねりを意識したことはありませんでした。
くねるは曲がるかな? 笑
とても不思議な思いやら感動を覚えました。
よく世間で聞くドカーンとした出会い。
もう暫く脳裏から離れない。
僕も描いてみたい。
真似して描いてもなかなか描けない。
描いているうちに線が多くなりすぎてどんどん違う絵になる。
しかも棒立ちの人間。
とても難しい。
先生の絵は、
シンプルで生きているような美しい線。
人間の身体のなんとも言えない魅力的な表現に心を打たれました。
どうしたら描けるのか?
興味は増すばかりでした。
つづく。

前回のつづき。
セツ先生のような線のイラストを描きたい。
そう思い遂に行動にでました。
セツモードセミナーへ入学しよう!
20代前半の頃です。
入学願書を書き、受付開始日に手続きの不明点を確認したくて学校へ電話をしました。
そしたら、なんと!
もう定員が埋まり受付終了との事。
ガーン!
早すぎる。
落胆。
後に知りましたが、入学希望者は受付開始時間前から並び先着順との話し。
こりゃ無理だと思いました。
その後、いろいろ悩んだりしながら時間が過ぎていきました。
暫く葛藤がありましたが、人生の最大イベントの結婚や子育てに追われて暫く絵描きどころではなくなるのです。
気がつけば50代になりました。
人生は早いものです。
夢を心の奥の箱にしまったままでしたが、箱から夢が芽をだしてしまいました。
子供の学校の連絡帳という水差しで芽が出てきました。
芽はどんどん大きくなっていきます。
もう、夢の成長は止められません。
気がつけば、セツモードセミナーの入学式の席に座り校長の秀さんの挨拶を聴いておりました。
この時とても不思議な大きな感動に包まれます。
夢は諦めなければ叶う!
これって本当なんだと。
すでに、セツ先生は他界されておりましたが、セツ先生の自由の志や絵の思想や学校文化は生きて継承されておりました。
欲を言えば、もっと早く入学してセツ先生の授業を賜りたかった。
しかし、素晴らしい先生方やスタッフの皆さんがセツ先生の教えを余すことなく伝え指導しておられました。
とても良い環境。
そんな、
セツモードセミナーで感じたとても素晴らしい魅力とは。
つづく。

 


前回のつづき。
僕がセツモードセミナーで感じた魅力とは。
それは!
あえて言葉にするなら。
"自由と素敵な人達"
自由といっても決まりを無視したり好き勝手にやる自由ではありません。
皆、真剣に授業に取り組み、表現にについての思いを語り積極的に行動します。
帰りには皆で楽しく掃除もします。
全然窮屈ではありません。
言われて行動するのでなく、自ら行動するのでとても自由を感じます。
あとは、素敵な人達が多くとにかく刺激になりました。
先生方やスタッフやOBの方々やモデルさんや生徒仲間、本当に皆さん素敵な人達でした。
サラリーマン時代では出会えないような感性の人達。
考え方や作品やファッションまで多くの刺激を受けました。
こんな表現もあるんだ! と。
やはり、学ぶということは環境も大事だとつくづく感じます。
昨今のオンライン授業じゃ技術面だけになるので何か物足りない気がします。
単位取得だけならオンラインでも良いけど、人間性を磨くには同じ種の人達とリアル環境で切磋琢磨するのが一番です。
そんなとても居心地の良い学校でした。
月日はどんどん流れていよいよ卒業に向けての制作。
果たして二年で卒業できるのでしょうか。
つづく。

前回のつづき。
もともとサラリーマンとか組織やシステムエンジニアに嫌気がさして辞めたのに。
生活できなくなりまた同じ仕事をやっている。
情け無いないというか先の読みが甘いというか。
自己嫌悪に苛まれます。
仕事に気持ちはあまり向きませんでした。
ただ生活費のためと。
ですから、クビになるギリギリまで休みまくりました。
都合よく、所属のSES会社もほったらかし状態でしたし、現場は何故か皆さん協力的な方々ばかりで午後休をいただきセツ(学校)へ通いました。
とはいえ、仕事と学業の掛け持ちは大変でした。
大手金融機関のサブシステム移行のある製品の運用設計書を納期までに納めなくてはなりません。
平日に休むため日曜日に出勤したりもしました。
内部レビューや外部レビューで散々ダメ出しをくらい日々凹みました。
時には叱責も。
しかし、セツ(学校)に通える日はキッパリと仕事の事は忘れて制作に打ち込む事ができました。
なんか不思議ですが、絵を描くためならと思うと両方がんばれました。
今できるか?
と言われたら、絶対無理です。
そんなエネルギーはないです。
暫くするとセツ(学校)は冬休みに入り、課題やら卒業に向けた制作に取り組む事になりました。
課題をクリアしないと卒業はできません!
とのウワサが広まっておりましたので気が抜けません。
ちょっとドッキリしましたが。
仕事は、学校が冬休みに入ったので暫く休まずにこなし、なんとかお客様レビューも終わり納期にギリギリ間に合い納品できました。
疲労感と達成感で複雑な心境。
自分にご褒美にと職場を抜け出し、安い海鮮丼を食べたのを思い出します。
あの時の海鮮丼は本当に美味しかったです。
仕事は少し一段落。
さあ、いよいよセツ(学校)の卒業制作です。
今まで描いた事もない絵にチャレンジしよう。
つづく。

 


前回のつづき。
セツ(学校)の卒業制作に入りました。
かなり悩みました。
一旦、今までの常識的な固定観念を無視し気持ちをフラットにしようとしました。
しかし、これがなかなか出来ないものなのです。
大人になればなるほど難しい。
好き嫌いも出るし他人の目も気になるし。
変に卒業も意識するし。
なかなか描けない。
出だしの色が決まらない。
暫くかかり、多くの時間を費やしました。
なんどもやり直した結果、やっと何枚か制作しました。
しかし、どれも納得いきません。
どれを見ても、とても陳腐。
仕方ない、諦めの境地。
これでも、全力を尽くしました。
なんとか、卒業制作審査日間際になり提出作品を決めました。
見れば見るほど変な絵で全く自信がありません。
果たして卒業できるのでしょうか?
つづく。

 


前回のつづき。
セツ(学校)の卒業制作。
いよいよ審査日。
入学から一年目は1級から始まり2級まで進みます。
二年目は3級になり4級まで進み卒業制作の審査が通れば卒業です。
卒業すれば、その上の研究科へ進むこともできます。
アトリエに4級生が全員集まり、先生方の審査をもらいます。
とにかく緊張しました。
しかし、自分の作品をあらためて見れば見るほど陳腐で変な作品です。
こんな絵で良いのか?
不安でなりません。
静けさの中審査が始まりました。
皆さんの作品は素晴らしく大作揃い。
先生方も高評価のコメントです。
僕の前まで皆さん、合格!
いよいよ僕の番です。
先生方も皆さんも僕の作品に注目しております。
ど緊張。
汗だく。
一瞬へんな沈黙と間が空きました。
ダメだ!と
正直に思いました。
そしたら!
先生はいろいろ褒めてくれました。
「おもしろい、合格」
と、間違いなく聞こえました。
最後のお情けです。
でも、やりました!
二年間の集大成。
苦労が実りました。
お情け合格でも嬉しいですよ。
後から聞きましたが、まれにやり直しや出席できなくて卒業できない人も居るみたいとのこと。
定かではありません。
同級生は入学時から半分以下に減りましたが、残った皆さんは審査に全員合格し卒業を迎える事になりました。
さて、卒業に向けていろいろお話しを聞きました。
なんか、パーティもありとても楽しいとのこと。
いよいよ卒業。
つづく。

 


前回のつづき
いよいよ、セツモードセミナーを卒業。
卒業式です。
セツモードセミナーは入学式が5月で卒業式は4月です。
卒業式は13時から始まりその後パーティがあります。
卒業生は、午前早くから校舎に集まりパーティの料理の仕込みやら買い出しなどの準備に追われます。
そう、自分達で全てまかなう手作りパーティ。
ワインやお酒も買いオードブルなどは皆で作ります。
ささやかですが、お世話になった先生方やスタッフさんやモデルさんやOBの皆さんに感謝の意味を込めてふるまいます。
アットホームな手作りパーティです。
この準備がとても良い雰囲気で楽しい時間でした。
同じ志を持った仲間で最後の総仕上げです。
準備中のさりげない語らいの中にも、嬉しさや寂しさが込み上げてきます。
もう、この素敵な場所に通うことはないのか。
もう、この素敵な人達全員と時間を共にすることもなくなる。
だいぶ歳をとってからまた青春を謳歌できました。
この二年間、理屈は抜きにとにかく描いて描いて描きまくりました。
皆さんの作品を沢山見て、刺激を沢山もらいました。
とてもとても、充実した二年間でした。
パーティの準備が終わり、いよいよ中庭で卒業式が始まりました。
とてもお天気が良く、爽やかな春の日差しと優しい風が通り過ぎていきます。
来賓のOBの方やモデルさんが来賓席にサングラスをかけて座られております。
とてもリラックスした雰囲気で卒業生を見ています。
その姿や雰囲気がとてもカッコイイのです。
僕もあんな風に絵に携わり素敵に歳を重ねたいと思いました。
さあ、いよいよ卒業生の名前が呼ばれます。
つづく。

 


前回のつづき
セツモードセミナーの卒業式。
(※セツモードセミナーは2017年に閉校した美術学校)
名前が呼ばれたら、各自簡単なスピーチをします。
名簿順に進み、いよいよ僕の名前が呼ばれました。
感慨深い心境です。
この日を向かえることができてとても嬉しい旨を、皆さまにお伝えしお礼を述べました。
自分のスピーチが終わると、とてもリラックスして他の皆さんのスピーチを聞くことができましたので、いろんな思い出が蘇りました。
サラリーマンに疑問を感じて、まだまだこれからという時に会社を辞めたこと。
セツモードセミナーという、憧れの美術学校に入学できた幸福感。
絵に対して同じ志を持った素敵な皆さんと巡りあえたこと。
デッサンや水彩画を描いて描いて描きまくった授業風景。
なかなかAを貰えなかったこと。
そして、今卒業式を迎えた達成感。
同時に辛いことも思い出しました。
収入が無く預金も底をつき不安に苛まれたこと。
生きるために、嫌な仕事(SE)に復帰したこと。
仕事と学校の両立の大変さ。
とにかく不安だらけの日々。
心配をかけた家族のこと。
などなど。
月並みの言葉で言うならば、走馬灯のようにめぐり蘇りました。
卒業生のスピーチが終わると、来賓のOBの皆さんのスピーチがあり、最後に学校長の秀さんの挨拶がありました。
とても素敵なご講話でした。
今までの学びを活かしセツの絵はセツの絵とし、これからは唯一無二の自分の表現を磨きなさい、と言った内容でした。
まさにおっしゃる通りです。
それが、美術でありアーティストだと思います。
さて、自分はこれからどうやって生きて行こうか?
深く考えました。
何度思い出してもとても良い卒業式でした。
さあ、卒業式のあとはパーティが始まります。
セツ校舎の素敵な中庭やカフェで、ワインを開けて楽しい時間の始まりです。
お酒が入り、卒業生や先生方やモデルさん達やOBの皆さんとの会話はとても楽しいものでした。
サラリーマンの宴会とは違いました。
思い出や絵について楽しく語りました。
若い皆さんは目の輝きも違い本当に大きく成長したと思います。
素晴らしい作品を残した優秀なアーティストの皆さんの将来が楽しみです。
僕は、50歳を超えてからセツモードセミナーに入学しました。
最初は不安でいっぱいでした。
同級生と上手くやれるのかとても心配でした。
同級生はやはり、自分の子どもくらいの年齢が多かったですが、自分と同じくらいの年齢の人まで層の幅は広い学校でした。
自分より年上のOBの方々も授業に参加されたりしていました。
年齢は違えど皆さんと仲良く楽しく絵について切磋琢磨できて、とても有意義な素晴らしい学校でした。
楽しい時間は直ぐに過ぎ去るもの。
楽しい素敵なパーティの終演。
その後、学校帰りたまに皆で行った中華やさんで二次会をやり別れを惜しみました。
楽しい素敵な時間もとうとう終わり、同級生達と最後お別れの言葉を交わしました。
一気に寂しさが込み上げてきました。
目頭が熱くなる。
 でも!
これから、また皆新たな人生が動きだします。
僕は
その後、SES会社からのプロジェクトが終了になり、契約が終了し会社を退社しました。
いよいよ絵描きとして生きて行かねば。
この二年間の学びを活かして、新たに人生を刻んでいくのだ。
固く強い決心をしました。
暫くしてから、
水彩色鉛筆塗り絵を高齢者施設や趣味のサークルで教える仕事を開始しました。
インキュベーションセンターでの起業仲間の社長さんにお客様を紹介していただき、いろいろ絵描き活動を開始したのです。
しかし、人生というものは残酷にも上手くいかないものです。
やはり、食えるだけの収入にはなりません。
財布には、いつも小銭しかないのが当たりまえになりました。
超貧乏生活です。
しかし、いろんな方々に巡りあえたおかげで新しい仕事への展開もあります。
高齢者施設でのレクリエーションと介護仕事もやらさせていただき、なんとか食いつなぐことができました。
しかし、やはり絵ではいつまでも食えません。
絵描きだけでは生きてゆけないのが現実です。
なんとか定説を崩し、世の中のアーティストが食える方法はないのか悩む日々。
長い間不安やら葛藤が続きました。
しかし!
その後大きな転機があり、50代後半でIT企業にSEとして正社員採用されました。
今度はSESの契約社員ではありません。
やはりこの年齢では経験のある仕事でしか、世の中の会社は判断してくれません。
当たり前ですが、学校卒業したからといって直ぐに絵描きにはなれません。
世の中SE不足もありまたサラリーマンに復帰しました。
あんなに嫌だったサラリーマンですが、やはり一番安定しています。
今日まで二束の草鞋を履いております。
負けたような気もしますが、二足の草鞋という選択肢もありだと思います。
現在は、平日にサラリーマンをやり、土日や祝日は絵描きとして活動しております。
今のところやはり貧乏ですが、不安感は低減し絵描きの気づきや発想も良くなった気がします。
とても充実しております。
ブログでは、サラリーマンとしての愚痴や悩みや絵描きや起業の悩みなどを発信しております。
双方の長所短所を綴っていきます。
最後に、僕みたいな凡人でも夢は諦めなければ叶いました。
何歳になっても、情熱があれば学ぶことや新しい生き方ができます。
ですから、人生は何事も直ぐに諦めないで強い情熱を持ち立ち向かっていくことが重要だと思います。
人生は常にチャレンジです!
まだまだよくばり、二つ目三つ目の夢に向かいチャレンジしていきます。
どうか、今後とも引き続き何卒よろしお願い申し上げます。
(本タイトルは最終回)